『古事記講義』三浦佑之

古事記講義

古事記講義

古事記論は、かつて西郷信綱のものを読んだことがあったのだけど、もうちょっと新しいものを、ということで、話題の三浦先生による「古事記講義」。
なるほど、「講義」で、「論」というほど確定したものではなく、三浦先生ご自身の問題提起や仮説にとどまるものも開陳されている。
だからこそ、かえってライブ感があって、ああ、文学研究ってのは、そういや、こういうことだったなあ、ととてもエキサイティングな感動を楽しみました。

とくに、古事記で重要な位置をしめる出雲神話日本書紀ではすっぽり抜け落ちている、ということ、この出雲神話には、高志(こし・北陸地方)や朝鮮半島との関わりが描かれていることから、大陸に接する日本海文化圏というものが存在したであろうこと、それが、ヤマト朝廷の歴史からは排除されてしまっている、という展開には興奮いたしました。古代の日本列島が、さまざまな文化圏の割拠する、彩り豊かな社会としてよみがえってくるような感触でした。
また、戦後の一時期盛り上がって、やがて収束してしまった「英雄叙事詩」の存在の可能性、さらに、文字に書き留められる以前の、口承文学としての神話や民話の痕跡が、古事記には隠されている、という話もミステリアスで面白かった。
そうした様々な可能性から、三浦先生は「古事記は、七世紀半ばから後半頃に、朝廷とは距離を置いたところで、ーたとえばいずれかの氏族か知識人などの手によって、すでに存在した書物や語り伝えられていた伝承群をもとにまとめられたのではなかったか、とわたしは想像しています」という仮説には、教科書的な文学史しか頭にない自分には、読みながらおもわずうなり声がもれるほどの衝撃でありました。