『かわいい論』四方田犬彦

「かわいい」論 (ちくま新書)

「かわいい」論 (ちくま新書)

先日テレビで、フランスにおける「cawaii」ファッションのオーデションをやっておりました。日本の文化庁の役人まで審査員になっての国家的文化戦略(にしては、しょぼーいオーデションだったけど)。
そこで、フランス人の女の子たちが異口同音に、フランスにはCawaiiという概念はない、だから日本に憧れる、と語っていたのに、「はて?」と感じて、本書を取り上げる。
はたして、フランスに「cawaii」に対応する言語はない、とあった。
女性は「美しい」ものであるし、小さくていたいけ、子供なのに機転が利いている、というニュアンスの言葉はあっても、「かわいいおばあちゃん」や「きもかわ」は、矛盾でしかありえない、と。
とはいえ、全編「かわいい」の現象を紹介するにとどまっていて、それではいったい「かわいい」とはなんであるのかは、よくわからなかったが、ひとまず、「かわいい」という概念を対象化する、という感覚は面白く感じた。
ちょうど読み終わったところで「きゃりーぱみゅぱみゅ」というタレントさんをテレビで見る。これぞ、現代ニッポンの「cawaii」の典型なんだろうなあ、という出で立ちや歌と踊りながら、受け答えなどはしっかりしていて、とても賢そうな子でした。「枕草子」の時代から、日本人はちいさなもの、よわくてはかないものを愛でる、という感覚を持っていた、というが、現代の「かわいい」ってことばのニュアンスは、決してはかないものを愛でるという意味に限らないと思う。じゃあ、なんなんでしょうかね。
ちなみに、知人の大学の先生が、本書を学生たちに読ませたら、えらい反発をくった、と言っていた。「かわいい」ってのは、分析するもんじゃない、「だって、かわいいものは、かわいいんだもん」と言われたのだそうで。っていうか、「かわいい」を定義したり分析したりしようとすると、なんか、はばまれる、という感じがするんだね。でも、それって、ほかの形容詞にもあることなんじゃないのか。「かわいい」だけが特別なのか。