『ハヅキさんのこと』川上弘美

ハヅキさんのこと (講談社文庫)

ハヅキさんのこと (講談社文庫)

『蛇を踏む』から読んでいる読者としては、川上弘美といえば現代風泉鏡花っぽいのを期待するんだけれど、この本はだいぶ薄まっている感じ。短編集の本書で、「それらしい」ものといえば、「姫鏡台」「吸う」が「らしい」。

「お酒はいいですね」キヨエさんは言った。「いいですか」「体がね、しっとしりますよ」「はあ」「しっとりするとあなた、吸いこむようになります」「吸いこむ」「ええ、吸いこみますよ」何を吸い込むのか。(「吸う」)

というこの呼吸、

幾つか恋愛もしてきたはずなのに、ばかみたいにくるくる踊りだしたくなる、ヤマナシさんへのこの恋心は、しんじつの恋心なのだろうか。心の澄んだところでないあたりが出自の、イカモノめいたものなんじゃないだろうか。わたしはひそかに疑っている。年をくえばくうほど、疑りぶかくなるのだ。(「姫鏡台」)

というこの語感、いいなあ、と思う。こういう短編はなんども読み返したい。

でありながら、あまり、独特な言い回しや呼吸もない「かすみ草」という作品が、何度も思い出される。「保守的」な夫と、義父母と、両親の中で、まったく自己主張をせずに生きてきた妻が、義父母と両親を看取ったあと、3日間、だまって家を出る、という話。名も知らぬ男の「愛人」になるのだけれど、「そうね、と夫にするような相槌をうちかけて、口をつぐんだ」「そうね、と私は言った。それからあわてて、いいわ、とちょっとはすっぱな感じでつけくわえた」だけで、この女性の姿形や声まで浮かびそうで、うなる。