「路上のソリスト」スティーブ・ロペス 入江真佐子訳

路上のソリスト

路上のソリスト

今年5月に映画化された「路上のソリスト」の原作。なんとノンフィクションであります。
ロサンジェルス・タイムズのコラムニスト、スティーブ・ロペスが、街角で見事なバイオリン演奏をする黒人のホームレスを見つけ、その来し方に興味をもったところから物語は始まる。
主人公のナサニエル・エアーズは黒人としての大きなハンデも乗り越えて、あふれんばかりの才能を手に順風満帆、家族の期待を一身に背負い、ジュリアード音楽院に入学、高い評価を受けつつ、ぽっきりと精神の病に折り取られてしまう。
精神の病の悲しさ、つらさに加え、なにより圧倒的なのは、「アメリカの精神医療ってそんなことになっていたのか!」という驚きと、日本の山谷や釜ヶ崎をはるかにしのぐロサンジェルスのホームレス街の壮絶さであります。
アメリカでは長い間、精神病院が、治療施設としての機能を果たさず、たんなる収容所だった、という話を聞いたことがある。それを改善しよう、と思い立った国が、精神病患者を地域社会に受け入れる、という名のもとに精神病院を閉鎖、患者を放出した。その結果、町中に、精神に思い障害を負ったホームレスがあふれることになったという。
極端すぎます。

ロペスのホームページでは、ナサニエル・エアーズの動画が見られる。なるほど、音楽家の顔つきであります。首にブラジャーを巻いて、大きなショッピングカートに全財産を積んだホームレスがこんな演奏をしていたら、確かに何事かとおもうだろう。
http://www.latimes.com/entertainment/la-me-lopez-skidrow-nathaniel-series,0,290300.special

本書でもっとも考えさせられるのが、ロペスの記事を読んだ人びとから、ナサニエル・エアーズに、さまざまな支援の手が差し伸べられていくというところである。
なぜだろう。なぜ、アメリカの人たちは、Mr.エアーズをそんなにも助けたがるのか。
ひとつは、彼がジュリアード出身であること、そしてホームレスまで転落しつつ、音楽を手放さなかったことへの感動と敬意だ。ロペスもそう書いている。
でも、それだけだろうか、とnikkouは思う。日本で芸大出身のバイオリニストが路上生活をしている、という話が伝わったとしたら、ここまで援助の輪が広がるだろうか。
ホームレス生活の過酷さを、アメリカの人たちは日本以上に痛切に感じているんだろうか、あるいは、宗教国家アメリカの隣人愛のあらわれ? だったら、なぜMr.エアーズ以外のこの街のホームレスたちをなんとかしようと思わないのか? 微妙に謎めいたアメリカの一面でありました。

ちなみに映画の予告編はこちら。やっぱり、ちょっと泣いちゃう。