『江戸川乱歩』ちくま日本文学7

江戸川乱歩  (ちくま日本文学 7)

江戸川乱歩 (ちくま日本文学 7)

電車の中で「屋根裏の散歩者」「鏡地獄」「人間椅子」と読んで、「押し絵と旅する男」まできたところで、車酔いしたみたいに気持ち悪くなってしまう。
江戸川乱歩の作品は、筋だけいうと、しょーもなくってくだらないものが多い。なのに、えもいわれぬ魅力(チャーム)、というか、味がある。たぶん、独特の文体やボキャブラリー、語り手の配置や人物像などが作り出す味わいなんだろうと思う。
「幻影の城主」というエッセイのなかで乱歩はこういう。

 物識りの老人などが、こういう珍しい事件があったといって、親切に語り聞かせてくれることがある。その話は奇怪でもあり、話し上手でもあって、多くの人には面白いのかもしれない。しかし私はどんな事実談でも講談以上に面白く感じたことがない。私は救い難き架空の国の住人である。大蘇芳年(たいそ よしとし)の無残絵は好きだけれど、本当の血には興味がない。犯罪現場の写真なんていうものには、ただ嘔吐を催すのみである。

ちょうど、光市母子殺害事件に関する本をずーっと読んでいて、合間合間に「1Q84」だの、ちくま日本文学全集など読んでいたりすると、この乱歩のいわんとすることが、身にしみてわかる気がする。文学を読んでいるときと、ノンフィクションや評論を読んでいるときは、どうも脳みそというか精神の働いている場所が違う気がするのだ。文学を読んでいるときは、筋よりも、世界そのものを味わっているのだけれど、文学以外は、一直線に筋のみを追っている。
わたしは乱歩のように、完全に「架空の国」寄りの人間ではないけれど、気持ちはわかるな、と思った。