「密会」ウィリアム・トレヴァー

密会 (新潮クレスト・ブックス)

密会 (新潮クレスト・ブックス)

アイルランドの現代短編小説集。アマゾン・レビューの評価は高いのだけれど、自分には少々難しく感じた。登場人物の心の機微があまりに繊細に描かれているせいか、アイルランドという国をよく知らないせいか、ごつごつとした翻訳文体のせいか。
アイルランドとイギリスは全然違う国なんだろうが、暗欝な空気がどことなくトーマス・ハーディの「テス」を思い出させる。しかも、100年前のイギリスを描いた「テス」では、まだキリスト教会と啓蒙主義が拮抗している、という段階だったのだが、現代のアイルランドでは、キリスト教会はほとんど死んでしまっているんだなあ、という様子がちらほらと見られた。

表題作「密会」で、「日本人のカフェ」が登場する。アイルランドの人にとって「日本人」っていうのは、どういう記号なんだろうか。ジュンパ・ラヒリ「見知らぬ場所」でも「日本人」が出てきたが、“老人が大勢参加するパック・ツアーには「日本人」が多くて、おせっかいな「ヤマダさん」が写真を撮ってくれた”みたいな、かなりわかりやすい記号だった。
ウィリアム・トレヴァーの描く「日本人のカフェ」のメニューは、コーヒーとかクロワッサンとか、ハムとオムレツとかで、和食を出しているわけではなさそう。だから、「ヘルシー」という意味でも、「エキゾチック」という意味でもない。ホテルよりはやや安いらしいが、安いからまずい、という話にもならない。ふーむ、なんなんだ「日本人のカフェ」。翻訳ものの難しさっていうのは、そういう「記号」までは訳出されない、ということなんだよね。