『一澤信三郎帆布物語』菅聖子

一澤信三郎帆布物語 (朝日新書)

一澤信三郎帆布物語 (朝日新書)

とうとう本にされちゃいました、一澤帆布のお家騒動。
一澤帆布の二代目が亡くなり、遺言書通りに三男の信三郎さんが店を継ぐはずだったところ、銀行マンだった長男の信太郎さんが突然やってきて、「もう一枚、遺言書がある」とボールペン書きの遺言書を提出、それまで父親と店をやってきた信三郎さんから店を奪い取ってしまった、というのがきっかけであります。ところが京都の町人と、店の職人が一斉に信三郎さん側に回り、店は分裂。裁判で一度は、信太郎さんの遺言書は有効である、とされたものが、二度目の裁判で逆転、信太郎さんの遺言書は偽物、とされてしまったそうで、信三郎さんと職人さんたちが店に凱旋、というところで決着します。
この騒動で「失ったものより、受けたもののほうが大きかったと言えるようになった。」と信三郎さんが言うように、「一澤帆布」はブランドとして消えてしまったものの、「一澤信三郎帆布」という新ブランドが立ちあがり、新しい商品が生まれ、さらに信三郎さんを応援しようという人びとが結束した。
……と、そこでふと、思うのです。信太郎さんは、どうしたかったのかなあ。職人さんたちを始め、京都の町の人たちにまで白眼視されてまで、店がほしかったのだろうか。そこまで嫌われるとは思っていなかったのだろうか。本当に遺言書が偽物だったとしたら、どうしてそんなことをしようと思ったのだろうか。偽の遺言書を作るなんて、かなり勇気のいる所業のような気がするが、良心の呵責は覚えなかったのだろうか。信三郎さんの立場からだと、信太郎さんはただの愚かで欲深い男にしか見えないのだけれど、世の中、そんな単純な人などいるはずがない、という気がする。信太郎さんは、いつか、本音を語ることがあるのだろうか。