『サザエさんの東京物語』長谷川洋子

サザエさんの東京物語

サザエさんの東京物語

長谷川町子さんの妹による長谷川家の様子を回想したエッセイ集。
サザエさんうちあけ話」「サザエさん旅あるき」と併行して読むと、同じことでもちょっと視点が違って面白い。
とくにnikkou 的に興味深かったのが、長谷川一家が酒枝義旗氏(早稲田の経済学部長で、無教会の伝道者。nikkouの知っている人では無教会の伝道者の藤尾正人さんの先生)と親交があったというくだりだ。矢内原忠雄とのエピソードは「サザエさんうちあけ話」にも詳しいし、無教会関係者にはけっこう知られた話だけれど、酒枝さんとの話は、全然知らなかった。
矢内原忠雄の死後、長谷川一家は酒枝先生が主宰する待晨集会に通っていたとのこと、酒枝先生もサザエさんのファンだったという。なによりおかしいのは、認知症が進んで集会に出られなくなったお母さんのために、酒枝先生が長谷川家にきてクリスマスのお話をしてくれたくだりだ。
お茶を持ってきたお手伝いのユキちゃんに、酒枝先生は一緒にお話を聞くよう促し、「ユキちゃんが席につくと、満足そうにうなずかれ、お話は一段とわかりやすく面白くなった。」しかし、ユキちゃんはお話を聞きながら居眠り、とうとう椅子から転げ落ち、「ユキちゃんは太めだったので、地響きがした」という。長谷川町子さんも肩をふるわせて笑うのをこらえたそうだ。ユキちゃんはお盆を抱えて逃げ出し、酒枝先生は何事もなかったようにお話を続けられたという。

さらに、酒枝先生がエデンの園の話について「あの寓話の意味は……」と言われると、それまでおとなしくしていた認知症のお母さんが「むっくり頭を上げて、『あれは童話ではありません。聖書のお言葉は一言一句そのまま真実です。」と噛み付くように抗議した、とのこと。

先生はニコニコして
「そうです、童話ではありませんね。しかし真理というものは物語のかたちをとったほうだ、いっそうその奥深い意味を人に悟らせてくれるものなのです。それで寓話といったわけです」
と諭されたが、母はあくまで〈一言一句真実です〉という主張を曲げず、先生のほうが
「そうです。そうです。聖書はすべて真実です」
と折れてくださり、一件、落着となった。


そして、長谷川家から帰る時、恐縮して詫びる一同に、「アハハハ、楽しかったですよ」と笑われた、という。


矢内原先生の厳しい愛と酒枝先生の温かい愛と、二人の先生から違った愛のかたちを教えていただいて、私たちは幸せだった。


という最後の一文に胸が熱くなる。ああ、ここにも、永遠の命。